8月の遺跡めぐり - 月ノ木貝塚周辺

◇ 2000/8/15に、仁戸名町月ノ木貝塚周辺の中世城郭群/古墳群/縄文時代貝塚の見学会が行なわれました。
   

  【日  時】  8月15日(火) 9:00〜11:00  (8/13(日)の予定でしたが、台風9号のため、順延されました)
  【集合場所】 仁戸名小学校正門
  【参 加 費】  100円(資料代)                              
  【主  催】   千葉市の遺跡を歩く会
  【コ ー ス】   作山古墳群→へたの台貝塚 →支川都川 →道免貝塚 →月ノ木貝塚→月ノ木砦の腰曲輪



               

左:作山古墳群は仁戸名小学校の南20〜30mの所にあります。

右:作山古墳群の東に貝層がありました。
へたの台貝塚は支川都川が作る仁戸名支谷に面し、標高25m、月ノ木貝塚の東に位置します。充分な調査は行われていませんが、付近にある月ノ木貝塚、道免貝塚と同時期の縄文中期、後期に作られた貝塚です。ハマグリ、アサリなど二枚貝が多い貝塚で、点在貝塚に近く、貝層は何箇所かで見られます。
左:今回歩いた際、ゴミ捨て禁止の看板があり、その看板の所に、ゴミが捨ててありました?
右:へたの台貝塚と月ノ木貝塚の間を流れている小川です。現在、住宅街では暗渠になっています。縄文時代は、飲み水に使用されたり、ドングリを晒すのに使用された水と想像します。
左:支川都川です。縄文時代は、この川を丸木舟で海まで下り、貝や魚を捕り、舟に積んで戻ってきたと想像します。他の村の人とすれ違った時に、どこで何が捕れるといった会話があったと想像します。
右:道免貝塚です。貝層が畑の中にありますが、単なる貝塚ではなく、船着場などの機能を持っていたと想像します。
左:月ノ木貝塚の西で地層を見ることが出来ます。粘土層があります。縄文人は、粘土層から土器を作り、粘土層の上から湧き出る水を生きるために使用しました。
右:早くみんな来ないかな と思っている中学1年生です。
左:月ノ木貝塚の南部では貝層がはっきりしています。他の部分は、草が茂り、貝層を観察することは困難です。貝は、小ぶりのハマグリ、アサリ、シオフキなどの二枚貝が多いのが特徴です。モグラが掘り返してくれた所では、イボキサゴが多く見れます。荒屋敷貝塚と同時期の縄文中期、後期に作られた貝塚ですが、貝層の表層は二枚貝が多く、中層はイボキサゴが多くなっています。貝層は1m以上あり、厚い貝層の貝塚として有名です。
月ノ木貝塚の貝層から、クジラの脊椎骨が出土しました。県立千葉高に所蔵された後、現在は加曾利貝塚博物館に展示されています。クジラが千葉市の浜に上がったという情報が、千葉市にある集落に伝えられ、色々な集落の人が、クジラの肉を切りに行ったと想像します。肉を取りに行った時に、この骨を持って帰ったのでしょう。
月ノ木貝塚もへたの台貝塚も、石族などの石器の出土が少ない遺跡です。シカやイノシシの骨の出土はそこそこあり、どのように陸上動物を捕らえたか、面白いところです(調査が不充分なためかもしれません)。
今回は、1951年発掘調査時の住居跡を実物大の見取り図として作り、縄文住居を説明しましたが、その写真を撮らなかったので、ここに掲載できません。

小輩は、縄文時代以外の遺跡について詳しく判りません。縄文時代以外の説明で、城郭や古墳の説明がありました。詳細については、「歩く会」のHPを見てください。

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  「千葉市の遺跡を歩く会」
ここをクリックすると「歩く会」のHPにリンします。



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